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嘉門達夫小学生を中心に再び人気

嘉門達夫 第2次か、第3次か。またまた黄金期を迎えている。

嘉門達夫

今度のきっかけはテレビ東京の子供向け帯番組「ピラメキーノ」(月~金、18時半~)。番組中で、中高年には懐かしい「アホが見るブタのケツ」の新バージョンを披露したところ、小学生を中心に人気がうなぎ上りだという。

思えば、最初にブレークしたのは90年代初め。代表曲「替え唄メドレー」や「チャラリ~、鼻から牛乳」のフレーズでお馴染みの「鼻から牛乳」を立て続けに発表し、92年には「紅白」出場も果たしている。

2000年代に入ってからはインターネットに活動の場を移し、ユーチューブやネットラジオで初めて耳にしたマニアに支持された。余勢をかって(?)、08年、7歳下の女医と結婚している。

ということは今回は「第3次黄金期」か。

アホが見るブタのケツ

1959年、大阪生まれ。高校在学中の16歳で落語家を目指し、笑福亭鶴光に入門。その理由がふるっている。

「本当はラジオのパーソナリティーになりたくて、当時人気だった仁鶴さんに弟子入りしたかったが、すでに弟子が多かったので、鶴光さんにした」(本人談)だと。

そんな動機だから長続きするはずもなく、80年に突如、鶴光から破門された。と同時に当時所属していた松竹芸能も解雇。これを機にギター一本抱えて、全国放浪の旅をしながら、各地のライブハウスなどで歌っていた。

「そんな時に助けてくれたのが『あのねのね』の2人だった。鶴光の弟子だった頃、ラジオ番組で世話になり、破門になってからも”困ったらいつでも来い”と声をかけてくれた。特に、当時西麻布にあった清水国明の家は、売り出す前の清水アキラなど若手芸人のたまり場になっていて、たまに寄っては小遣いをもらっていたという」(音楽関係者)

あのねのね

放浪後の落ち着き先でも意外な人脈に恵まれた。サザンの桑田佳祐だ。桑田が所属する事務所の大阪支社にバイトで勤めたところ、桑田に目をかけられ、今の芸名「嘉門達夫」も桑田が名付け親だという。

83年、「ヤンキーの兄ちゃんのうた」でデビュー。数々の新人賞を受賞し、91年の「替え唄メドレー」で地位を不動にした。ここでも嘉門は多くの人に助けられている。

「コロッケの『鼻くそをほじる野口五郎』じゃないけど、嘉門の替え歌もかなり強烈です。たとえば、井上陽水のメロディーに乗せた”誰も知らない素顔の八代亜紀~”とか童謡をもじった”大きな口の木の実ナナ~”とか、本人が聞いたら不快に感じるフレーズがたくさんある。そのため、ネタにする際は一応本人の了解を取ることを基本にしているが、たいてい”嘉門さんなら”とOKしてくれるという」(芸能記者)

このあたりに嘉門の人気の秘密がある。

「テレビなどで吐くセリフは毒舌ですが、素顔は意外に義理堅い。ずっと前に破門された鶴光の楽屋への挨拶は今も欠かさないし、95年の阪神大震災の折には、新築の自宅を売却して義援金に回してしまったという。こうした人柄が、何度も”あの人は今”状態になりながら、そのたびに復活するヒミツといえるでしょう」(前出の関係者)

今度は小学生を足がかりに、3度目の我が世の春だ。

[ゲンダイネット livedoor]
http://news.livedoor.com/article/detail/6018771/

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コメント

  1. 11
    名無しさん 2011/12/06 3:51

    俺たちゃ融通利かせるのが苦手なのがホント欠点だな…

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