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【#metoo】元祖お菓子系アイドル石川優実 社長からの洗脳、テレビ局Pにフェラ、中出し枕営業を暴露

現在の石川優実さん(30)

私の具体的な体験談を読んでいただく前に分かっていて欲しいのは、私は自分自身が体験したことは、全て自分のせいだと思っています。

当時の自身の浅はかさ、主体性のなさ、未熟さ、情けなさ、無知さ。そういったものが引き起こしたことだと感じています。それゆえに、公の場で言うことはできませんでした。

言ったところで、自業自得だ!と叩かれるのが目に見えていますし、自分だってそう思っています。改めて言われるのは傷付きそうで怖いです。

この記事を読んで、「そんなの、しっかりしていなかった自分が悪いんじゃん。」「考え方が甘すぎる。」「汚い」と思われることがたくさんあるでしょう。それは、自分自身でも十分自覚しています。

しかし、だからと言ってそのようなことをしても良いのかと言うのは全く別の話だと思います。

被害者(と言うには私の体験は大したものじゃなさすぎるかも知れませんが)がしっかりしていないからと言って、その人を責めて意味があるのでしょうか。加害者は放っておいて良いのでしょうか。

私は違うと思います。なので今回、「me too」と声を上げる決意をしました。

前置きが長くなってしまい申し訳ありません。ここからは私が実際に体験した話を書いていこうと思います。

初めに書いておきますが、私が今までしてきたお仕事で枕営業というものは一度もありませんでしたので、今までの作品や映画に関わった方々はとてもクリーンな方達です。

グラビア時代の露出問題


 

雑誌での露出

私が初めて、女であることが嫌だと感じたのはグラビア活動をしている時でした。

高校3年生の秋に地元名古屋でスカウトされ、そこから10年間ほどグラビアのお仕事をしていました。出演したイメージDVDは30本以上。

4年程前に映画で主演をさせていただくまでは、露出の多いグラビアを続けていました。マイナーな雑誌ですが表紙を飾らせていただいたことも何度かあります。(映画で濡れ場を演じるためにフルヌードになりました)

最初は名古屋で「撮影会」というものに参加し、東京に当時のマネージャー(個人事務所だったので社長でもありました)と共に営業をしに行き、徐々に東京へ進出して行きました。

何度目かの撮影会で、スタジオで水着撮影をすることになりました。私は今まで、学校のプールでスクール水着しか着たことがありませんでした。なのですごく抵抗があったことを鮮明に覚えています。

しかし、ここは自分の判断で、ビキニに挑戦することにしました。これくらいなら、自分で自分のことを嫌いにならなくて済む露出具合でした。みんな、海とか行ってビキニ着てるしね。ここまでは全然良かったと思います。

少し経ち、マネージャーと共に東京の出版社に営業回りをし、有難いことにすぐに雑誌の撮り下ろしが決まりました。当時はAV女優さんたちのヌードのグラビアも載っていました。しかし、普通の水着のグラビアも載っていたので、その枠で掲載させていただけることに。

初めてなのに、巻頭グラビアでした。今思えば本当に有難いことです。そして、その時の衣装は白やピンクのビキニ、制服、スクール水着など、今思えば全く露出のない衣装でした。

初めての雑誌の撮り下ろしは自分としてもそんなに不安感もなく、順調に終わりました。しかし、その次からです。

マネージャーに、「撮り下ろしのオファーが来ている。しかし、露出をもっとしなければ使ってもらえない。」と言われました。同時に、「ビジュアルがそんなに良くないから、そうしないともう仕事ないよ。」とも言われました。

実際問題そうでしょう。私は飛び抜けて顔が可愛いわけではないので、そんなに簡単に普通の露出のグラビアがぽんぽん決まるわけはありません。

デビューして1ヶ月で何をそんなに焦っていたのだろうと、今の私は思います。しかし、当時の自分は追い込まれていました。今断ったら仕事が一切来ないんじゃないか。自分は可愛くないから、エロい露出をするしか道はないんじゃないか。

当時のマネージャーは今すぐにまとまったお金が欲しかったのでしょう。

活動をしている上で、私が関係者と連絡を取ったり仲良くさせることを厳しく禁止して来ましたし、お芝居のワークショップ等に行くことも禁止されました。とにかく頻繁に「顔が良くないからこういう仕事しか来ない」と言われ続けました。洗脳に近かったと思います。

断ると、「その程度のやる気なのか。」と言われます。私が自分に自信を失くし続ければ、どんどん過激な仕事も受けるし、それに伴ってマネージャーが受け取るギャラが上がっていっていたと思います。

ちなみに、私に支払われるギャラは1日1万でした。内容が過激になっても、DVDが発売されても拘束日数×1万。マネージャーに入る金額は教えてもらえませんでした。

お金の話を聞くと、「お金を気にするなんてやる気あるのか?」という反応をされます。私にとって、知っている業界人はマネージャーだけなのでそれ以上聞くことはできませんでした。

その後フリーになった時にDVDのギャラを全てもらっていた時は、一本20〜30万だったので(映画で脱ぐ前の時代)、当時は2日間で撮影して2万、0.5割から1割のギャラだったようです。

話が逸れて申し訳ありません。

毎月オファーや仕事は来るのですが、その度に露出を増やさないともう仕事はないと言われ、水着→下着→Tバック→手ぶら→セミヌードと、半年ほどであっという間に裸みたいな状態になってしまいました。

けれど当時の自分からしたら仕方なかったのです、自分の顔が可愛くないからだと。

それでも、抵抗はしていました。「ここまではできます、けどこれ以上はできません」そのようなやり取りを数え切れないほどして来ました。

話しても無駄なんだな、と思った出来事は、雑誌の撮影でお尻を全部出すショットを掲載すると言われたこと。事前の話し合いでは、「何も身につけていない状態でのお尻は出したくありません」と伝えていました。

すると現場で、「撮影中は紐のようなTバックを履いてもらって、後で修正して布の部分消して掲載しますからねー、今はお尻全部見せなくて大丈夫ですよ、安心して下さい。」と言われびっくりしました。

結局世の中には私のお尻全開の写真が掲載されるのです。泣いてマネージャーに訴えました。話が違うと。

そうしたら、「ごめん、現場で履いていれば良いと解釈していた。けど、お尻を全部出すという条件で決まった仕事だからもう断れない。早くメイクさんに化粧直してもらって来て。撮影止まってみんなに迷惑してるから。」と言われ、誰にも頼れず結局そのまま撮影は進んでしまいました。

きちんと相手に伝わるように説明しなかった私が悪いんだと思いました。今の自分であれば、そんなに嫌ならばすぐにマネージャーの元を離れて自分でできることを探して行きます。

しかし、自信を失くしていた私は、そんな自分に何か他のことができるかもしれないという自信もありませんでした。とにかく今なんとしてでもグラビアの仕事を我慢して受けなければ、人生終わりだ。大げさではなくそう思い込んでいました。

実際に事務所を辞めようと何度もしましたが、「今の芸名は使うな」「水着の仕事はしてはいけない」「そうなった時に仕事があるわけないだろ」などなどと言われ、辞めるのにも時間がかかりました。ギャラを払ってもらえないなどの問題もありましたし。

ここからはもう負のループです。過激な露出をしてしまった私は、こんなところで辞めるわけにはいかない。

今仕事を断ったらもう私なんかに仕事は来ない、だったら言われるままに露出をするしかない、そうしないとただの露出をたくさんした品のないグラビアをやったみっともない女で一生が終わってしまう。

そんな女結婚もできなければ子どもも産めない。地元にも帰れない。死ぬか続けるかしかないじゃないかと、バカみたいですが本気で思っていました。

誤解しないでいただきたいのは、雑誌社さんに非はありません。マネージャーが、「石川は納得して仕事を受けます」と言っていたので、何も問題はないわけです。

実際当時の編集さんと今お話すると、そんなふうに思っていたなんて知らなかった、ごめん。と言われることがあります。雑誌の方は何も悪くありません。

はっきり断れなかった私と、それを利用したマネージャーの責任です。

DVDでの露出問題

そのままどんどん過激になっていく私のグラビア活動ですが、1年程経った頃からイメージDVDを発売することになりました。ソロのイメージDVDを10年間のうちに約30本発売した私ですが、本当に辛い仕事でした。

何枚目かのDVDで、最後に収録されるオフショット映像コーナーで、乳首が少しぽろっとなったのをそのまま使われてしまったのです。ファンの方が見つけて教えてくれました。

当時、映像チェックはタレント本人にはさせてもらえませんでした。(私の事務所の場合)マネージャーに言いましたが、発売されてしまったので次からは気を付ける。で終わりでした。

私も次からの仕事がなくなるのが怖いのでそれ以上何も言えません。そして、その次からのお仕事は毎回どこかしらでポロリをするものばかりになってしまいました。暗黙の了解のようになっていたと思います。

私も、「一度してるから、そうしないと売れないんだろうな。仕方ないか」と自分に言い聞かせ、諦めました。仕事がなくなるのは本当に怖かったのです。

接待や仕事相手の機嫌を取ることの強要

次に記憶に残っているしんどかったこと。最初にスカウトしてくれたマネージャーのところをなんとか辞めて、フリーの状態の時にちょこちょこ仕事を振るよーと言ってくる男性がいました。

しかし、彼はしょっちゅう私を飲みの席に呼び出しました。断ったり帰ろうとすると、やる気がないとみなされました。帰りが終電を過ぎるのはしょっちゅうで、しかし次の日の予定よっては帰らなければいけないのでタクシー代もバカになりません。

そのためにバイトもしなければならないけど、バイトがあるからと断ると「なんのためのバイトなの?芸能活動の方優先しなきゃ意味ないでしょ」と言われました。嫌な顔をするのも許されないと感じたので、笑って対応していました。

飲み会の席では、「石川、〇〇さん喜ばせろよ〜」などどみんなの前で言われたり、それがうまくできないと「芸能向いてないよ。」「やる気あるの?」と言われたり。極め付けは、某テレビ局のプロデューサーとその男性と飲んだ時。

当たり前のようにホテルに連れていかれました。3人で。怖くて逃げる勇気はありませんでした。お風呂に入らされ、(なぜか3人で。)フェラチオを要求されました。

しました。笑ってしました。喜んでしたいかのようなやり方をしたと思います。

幸い?セックス自体はしていません。最終的には逃げるようにして帰ってきました。それによって何か仕事をいただいたとかはありません。

私に仕事を振ろうとしてよってきた男性は、テレビ局のプロデューサーに媚びるために私を使っただけでしょう。

枕営業詐欺

一番の辛い思い出は、これでしょうか。言葉通り、枕営業詐欺にあってしまいました。一体なんの話か分からないかもしれません。もう10年近く前のことです。

当時、グラビアのお仕事で知り合った女の子からこんなメールが届きました。

「今、電通の偉い人と仕事することになって、その人にゆみちゃんの活動見せたらぜひお仕事振りたいって言ってるから連絡先教えても良いかな?」

連絡先を教えました。当時、とても舞い上がったのを覚えています。

その相手は、詐欺師でした。今思い出しても引っかかったことがとても恥ずかしい出来事です。

【関連リンク】
ニセ電通マン、女性たちはなぜ簡単にだまされたのか(産経新聞)

簡単に説明しますと、大きな企業の跡取りを名乗り、あなたをキャンペンガールとして使いたいと言い、大きな仕事だから枕営業は当たり前にありますがそれくらいのやる気はありますよね?と言われ、信じて引っかかりました。

私が枕営業と呼ばれることをしたのは、先ほど書いたホテルのお風呂でのフェラチオ要求の時と、この枕詐欺の二回です。その一回が詐欺って・・・

友達からの紹介だったので、信じてしまいました。友達も同様に騙されていたようでした。冷静に考えればあり得ないことばかりです。

そもそも、そんな大きな会社の人が個人に直接連絡してくるなんてあり得ないし、名刺も今切れていると言われ、ご飯代もホテル代も立て替えさせられる。

実家に帰っている時に連絡が来たのですが、「今すぐお話をしないとこの話はなかったことになってしまう」と言われたので、母にお金を借りて新幹線で東京に向かいました。

この男に言われて記憶に強く残っている言葉は、「あなたの作品(DVD)を見ました。あの条件の中であなたが表現したい思いが強く伝わってくる。それが私には分かる。」「契約金で、ご家族に恩返しをしてあげなさい。」

やりたくない露出を我慢して耐えて、辛かったけど諦めなくて良かった。父や母に、お金の面でたくさん迷惑をかけたけど、それを返せるし車のローンとか家のローンとか、恩返しができる。

バカみたいですが本当にそう思って、感極まって泣きました。

この頃の私は、枕営業とは女に生まれた以上しなければいけないものだと思い込んでいました。セックスとは基本的に我慢してやるものだと思い込んでいました。男性に喜んでもらうには、認めてもらうには、私は身体を使うしかないのだと思い込んでいました。

なので、そんなに悩むこともなく枕営業をしました。(正確には詐欺なので全然営業になっていませんが)好きではない人とセックスするのは苦痛ですが、仕方ありません。

我慢して、しかも楽しませないといけないと思って頑張りました。全てにおいて麻痺していたと思います。

ことを終え実家に再び戻り、信じていたはずなのに私はなんとなくネットで検索しました。すると、その男の顔写真と共に私がされた一連の流れと同じことが掲載されたサイトを発見しました。その瞬間涙が止まらなくなって、母にも全て話しました。

そして、またお金を借りて、近所の産婦人科にアフターピルを処方してもらいに連れて行ってもらいました。

「パイプカットしているから」と言われ、中出しをされていたのです。その時の母の辛そうな顔を、私は忘れないと思います。「あんたはなんで・・・」とだけ言っていました。お母さんごめんなさい。

そしてその後私にその詐欺師を紹介した友達と連絡を取り合い、更に助けたいと言ってくれている男性も加わって渋谷警察署に相談しに行きました。

詐欺師はすでに、一回捕まっていたのです。その情報もネットに載っていました。そしてまた同じ詐欺を繰り返しているのです。しかし、警察は相手にしてくれませんでした。

そして、「仕事もらうためにセックスするんですか?」と、責められました。そうだ。非は完全にこちらにあるのだな、と思い、もうこのことはなかったことにしようと、忘れようとしました。

#metoo と言いたいのは

改めて書いていて、本当にばかだな私。と思います。何回も言いますが、私はこのような出来事は自分で引き起こしたと思っています。

正常な考えの女性ならば、嫌なら露出をするという方法を選ばす、他の面で何か才能を発揮できるように努力するし、飲み会の強要などはうまくあしらうし、そんな詐欺師を信用しません。

当時の私が自分で自分のことを考えず、全て他人任せ、自分で考えたり行動したりすることを放棄していたので、このような人たちが寄って来たのだと思います。

人によっては、全然大したことでもないと思います。同じ業界の人からしたら、そんなの当たり前だろう、お前も我慢しろと思われるかもしれないし、楽しそうにやっていたじゃないかと言われるだろうし、元々感覚がおかしいからそんな相手とセックスできるんだという意見もあるでしょう。

しかし少なくとも、当時の自分は辛かったし今思い出しても泣けるくらいの出来事でした。昔のグラビアの画像を見るたびに、眠れなくなります。撮影の前の日だって眠れませんでした。

中には、本当に私を売れさせようとして行動してくれていた人もいるのかもしれません。雑誌の編集さんやDVDのメーカーさんは、私が進んでこのような作戦で売っていこうと信じていたと思いますし、騙すつもりなどさらさらなかったのだと思います。

しかしやはり、だからと言って詐欺をしていいのでしょうか。悪意を持って相手を騙そうとして良いのでしょうか。女がバカだから仕方ない、と言って放っておいてよいのでしょうか。

そう思うので、私は世間に頭の足りないバカな女だと認知されるのは怖いけれど、それよりもこういう悪意のある人が実際にいるということを知ってもらうためにこの記事を書きました。

自分が自分を守ることとは言ってもやはり、自分がしっかりするのが一番早いし楽なのです。悪意のある人間を変えようとするよりも、自分が自分を大切にすることが一番の対策です。

そのためには、嫌なことは嫌と言って良いこと。身体を使わなければ自分には価値がないと思い込んでいるのを辞めること。それによって今の環境がダメになったって、必ず新しい道が開けること。自分が本当にやりたいことを本気で考えること。が大切だと思います。

我慢して耐えることは、努力とは違います。しかし、それが努力だというふうに思い込んでしまうこともあります。当時私は、嫌なことを我慢して耐えて頑張っている。なのになんで全然報われないんだろう?と思っていました。頑張ることや努力の方向性を完全に間違えていました。

今、やりたくないことは極力辞めています。露出の多いグラビアDVDを出すこと。好きではない人とセックスすること。好きではない人に媚を売ること。など。

辞めたらとても幸せです。当時の自分より価値があるかと言ったら、そんなことはないと思います。歳を取ってどんどん顔はたるんでくるし、当時唯一褒められていた体型は崩れまくっているし、相変わらず気の利いたことも言えなければ芝居も下手なまんま。

しかし、仕事もたまに来ます。お金も、生活できるくらいはあります。別に女として身体を提供しなくたって、楽しく過ごせていますし、当時より本当にやりたいことが仕事としてできています。

それに、そんなことしなくても大切にしてくれる男性やマネージャーもいます。今、私は何も頑張っていません。ただ、自分を信じて自分のやりたいことにはしっかり時間やお金をかけるということを徹底してやっています。

当時は、我慢してもっともっと努力して、そうすれば報われると信じていました。しかし、そうじゃなかった。全然違った。むしろ逆でした。

あの時、グラビアの仕事を断ったら人生終わりだ、と本気で思い込んでいたのは勘違いだったようです。

私は、今回こちらに書いたこと全てが今の活動に繋がっています。グラビアで露出をしたから、抵抗なく映画で濡れ場を演じられます。(映画で脱ぐのはむしろ好きです。)

理不尽だなと男性に思うことが多かったからこそ男女の性の違いについて発信したい!という思いが強くなり、このような文章を書いています。

自由に生きられる今を幸せに感じられるのは、全て過去の出来事があったからだと思っています。

[via:https://note.mu/ishikawa_yumi/n/n1e73ecf608d1]

【記事全文】
#Me Too「私も。」|石川優実|note※期間限定で無料公開


石川優実 プロフィール
(いしかわ ゆみ)
別名義:石川由美子
生年月日:1987年1月1日
現年齢:30歳
出身地:愛知県
(岐阜県多治見市で育つ)
血液型:O型
公称サイズ(2014年時点)
身長:152cm
スリーサイズ:83 – 56 – 86 cm
デビュー:2004年
ジャンル:グラビアアイドル/女優
事務所:ACE
受賞歴:クリームガール総選挙 1位(2005年)

2004年、商業高校3年生の10月にスカウトされて、芸能界デビュー。
初期にはお菓子系アイドルとして、主にお菓子系雑誌のグラビアで活躍した。
2005年半ばからは着エロに転向。
2008年7月7日に事務所を辞めて一時フリーになり、芸名を石川由美子に改名。
前事務所との問題が解決した2009年より元の石川優実名義に戻す。
2014年6月28日公開の『女の穴』(吉田浩太監督)で、念願の映画初主演を果たした。

[via:https://ja.wikipedia.org/wiki/石川優実]

純愛 石川優実(2006年)

激写 VOL.25 愛って… 石川優実(2007年)

原点回帰 石川優実(2008年)

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コメント

  1. 1
    名無しさん 2017/12/31 13:56

    最近芸能での労使関係や契約のやり方など是正広がるのは良い傾向だと思う。取り巻き多いとこほど搾取が酷すぎるね?

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