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25周年イヤーで盛り上がるZARD 謎多き坂井泉水、生前の熱愛疑惑や不仲説…

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2月10日のデビュー25周年記念日にリリースされ、5週連続でオリコンアルバムランキングTOP10内にランクインしてロングセールスとなっているオールタイムベストアルバム『ZARD Forever Best ~25th Anniversary~』。

来場者22万人を超える来場者を記録したニコニコ生放送の25時間特番配信、そして4月27日(水)には熱望されてきたMUSIC VIDEO集のリリース、5月には25周年ライブ開催…

と、25周年イヤーを彩る企画に反響や期待が寄せられる中、ファンから多くの要望を受けて「ZARD GALLERY ~25th Anniversary~」の開催が決定した。

◎デビュー25周年記念・ゆかりの地でギャラリー開催
「ZARD GALLERY ~25th Anniversary~」
【開催期間】
前半:4月26日(火)~5月8日(日)
後半:5月17日(火)~5月29日(日)
【開館時間】
平日:昼2:00-夜8:00
土日祝日:昼0:00-夜6:00 
※共に入館は閉館の30分前まで

ZARDギャラリーは、昨年大みそかに25周年キックオフイベントの企画の一つとして神奈川・パシフィコ横浜で開催されたが、今回開催されるのはレコーディングのためにZARD/坂井泉水が通っていたゆかりの地・六本木。

会場は、’12年に20周年の締めくくり、21周年のスタートに4カ月に渡ってZARDギャラリーを開催した会場と同じ場所。

なお、5月に開催される25周年ライブ。5年ぶりとなる坂井の歌声とバンドの生演奏がシンクロする感動のライブのバンドメンバーが決定。

◎25周年記念ライブ【What a beautiful memory ~25th Anniversary~】
5月21日(土)大阪・オリックス劇場
OPEN 17:30 / START 18:30
5月26日(木)東京・TOKYO DOME CITY HALL
OPEN 18:00 / START 19:00
5月27日(金)東京・TOKYO DOME CITY HALL
OPEN 18:00 / START 19:00
チケット:全席指定 9,500円(税込)※6歳未満入場不可
一般発売日は4月16日(土)~
さらに、ZARDにゆかりのあるアーティストがゲストで参加予定。

詳細はZARD25周年公式ホームページまで。

ZARD25周年公式ホームページ
【URL】http://www.wezard.net/25th/home/

[引用/参照/全文:http://news.walkerplus.com/article/74933/]

坂井泉水と長嶋茂雄の貴重な2ショット

坂井泉水と長嶋茂雄の貴重な2ショット

生前の熱愛疑惑や不仲説

謎が多いゆえに、生前から坂井にまつわるウワサは絶えず流布されてきた。

「坂井は、1993年2月5日に放送された『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で『負けないで』を披露したのを最後に、音楽番組に出演することがなくなり、ウワサだけがひとり歩きするように。

有名どころでは、B’zの稲葉浩志との熱愛疑惑と大黒摩季との不仲説でしょうか。

稲葉との熱愛に関しては、坂井と稲葉が、90年代半ばに“ビーイングブーム”と呼ばれるほどの一大勢力を誇っていた、レコード会社『ビーイング』に所属していたことから流布した根も葉もないウワサ。

当時、B’zの松本孝弘がMCを務め、稲葉がゲスト扱いで出演していたラジオ番組『BEAT ZONE』(TOKYO FM系)に、視聴者から『アルバムの歌詞は稲葉さんがZARDの坂井泉さんへのメッセージを書いたものだというウワサがあるのですが本当でしょうか?』という質問があったのですが、稲葉はこれを一笑に伏していました。

また、大黒摩季に関しても同じ『ビーイング』に所属していたのですが、大黒が07年にバラエティ番組『ウチくる!?』に出演した際、デビューまでしばらくZARDやB’zなどのバックコーラスを務める日々が続いたことに関して

『何でアンタの気持ち悪い音程に合わせて私が歌わねばならないのだ! カワイイってことはこういう(ソロで歌える)ことか! やっぱ顔か~、体か~!! みたいな』

と発言したことが、暗にZARDを批判していると捉えられたことによるものですが、これもまた大黒がZARDを名指しで批判したわけではないですから、視聴者の勝手な憶測に過ぎません。

このような根も葉もないウワサは“有名税”の一部に過ぎないのでしょうが、ZARD・坂井泉水のミステリアスな部分を増幅し、世間の注目を集めることに一役買ったことは間違いないでしょう』(同)

昨年9月に放送された『ミュージックステーション ウルトラFES』(テレビ朝日系)では、坂井が最後に『負けないで』を披露した時の映像が、HDデジタルリマスタリング処理された全編ノーカット版で放送され、「AKB48が素人の集まりにしか見えないぐらい美人」「改めて、惜しい人を亡くしてしまったな」と惜しむ声がネット上で飛び交っていたようだ。

[引用/参照/全文:http://news.livedoor.com/article/detail/11009642/]

本名でタレント活動

謎に包まれた歌姫の生涯は、最後の最後までミステリアスだった。

「坂井泉水さんの転落死のニュースは、所属事務所の発表を受けてテレビ局が臨時テロップで流した。ただ、確認できた彼女の年齢は二つあり、捜査員は年齢を確認するだけでも混乱したんです」(当時の捜査関係者)

 坂井さんは1967年2月、神奈川県平塚市で生まれている。彼女のプロフィルは公表されることはなかったが、「ZARD」としてデビューする前、彼女は本名の蒲池幸子として、タレント活動をしていた。当時のプロフィルは「1969年2月生まれ」だった。

先輩にフラた高校時代
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坂井さんは神奈川県秦野市内の小・中学校に通い、1982年に県内の高校に進学する。高校時代の親友が語る。

「控えめな性格でしたが、天然ボケのところがあってマイペースな子でした。本名から『サッチ』と呼ばれていました。歌手の大沢誉志幸の曲『そして僕は途方に暮れる』が好きで、よくノートに歌詞を書いていました。

授業中にも書いていたんですが、先生が近くに来たのに彼女はまったく気がつかず、先生に教科書で頭をポカンとたたかれていました」

スポーツも万能で高校時代は硬式テニス部に所属。校内のミスコンで優勝し、他校の男子生徒がのぞきにくるほど、彼女の評判は広まっていたという。

そして、思春期ならではの甘酸っぱい恋愛も。

「高校1年のとき、彼女は俳優の伊藤英明さんに似た先輩を好きになって告白したんですが、なぜかフラれて相当ショックを受けていました。『サッチをフッたなんて信じられない』と、女子生徒からブーイングがあがりました」(前出の親友)

3年生に進級すると、坂井さんはバンド活動に強い関心を示し、周囲の友人に「テニス部も夏で引退するし、バンドを組みたいな」と漏らしていたという。

「バンドを組んでいる同級生に、彼女は『バンドに参加したい』と頼んでいました。本人はかなり熱心でしたが、どのバンドにも空きがなく、実現しませんでした」(元同級生の男性)

OLを辞めRQに

坂井さんは高校卒業後、神奈川県内の短大に進学。OL生活を経て芸能界入りする。といっても、そこは歌手とは畑違いのキャンペーンガールの世界。89年には「東映カラオケクイーン」、翌年はレースクイーンとして活動したが、音楽への情熱はますます高まっていた。

当時の仕事仲間、タレントの岡本夏生さんは、坂井さんと仕事帰りに行ったカラオケのことをよく覚えているという。

「高橋真梨子さんのバラード『for you…』を歌詞も見ずに、気持ちを込めて歌っていました。ふだんは10話しかけても2しか返さないぐらいおとなしい子でしたが、歌うときの自信に満ちた姿には、歌手を目指す強い信念を感じましたね」

坂井さんが「歌手になるのが夢なんです」と、大学ノートにビッシリと書いた自作の詩を見せてくれたことがあるという。

「彼女は詩を書きためたノートをいつも持ち歩いて、仕事の合間にも詩を書いていました」

岡本さんは、坂井さんから「好きでもない男性に言い寄られて困っている。恨まれないようにうまくかわしたいんだけど、どうしたらいい?」と相談されたこともあったという。恋愛については、歌ほど器用ではなかったようだ。

そんな坂井さんも91年、ZARDのボーカルとしてシングル「Good-bye My Loneliness」で念願の歌手の仲間入りを果たす。

彼女の才能に目を付けたのが、人気バンド「TUBE」や「B’z」などを手掛けた音楽プロデューサー、長戸大幸氏。以後、坂井さんは、長戸氏の音楽事務所「ビーイング」に所属することになる。

「当時は無名の歌手でしたが、『夜の番組で私の歌が使われるの』と喜んでいました。つやのある長い黒髪がきれいで、芸能人というよりは超美人のOLといった印象でした。

芸能人であることを隠そうとして、だてメガネをかけていましたけど、レンズが入っていないので逆に目立っていました」(知人の美容師)

93年には代表曲「負けないで」が大ヒット。

美人と言われテレビ嫌いに

だが、ヒット曲を連発しても、メディアへの露出は控えたままだった。ファンの前に初めて生の姿を見せたのは、デビューから8年後の99年8月。アルバム購入者を対象にした、クルーズ客船でのライブだった。

坂井さんのように、メディア露出を控えることで“価値”を向上させ、タイアップを駆使する戦略は、当時、音楽業界で「ビーイング商法」と呼ばれていた。

この戦略は、歌と私生活を大切にしたいという坂井さんの志向と重なり合っていたようだ。

前出の親友も言う。

「彼女は『きれい』とか、『美人』と言われるのが嫌で、歌番組の共演者に『きれいな人』と何度も言われて、テレビ嫌いになったと聞いています」

ミリオンセラーを連発しながらも、坂井さんは派手な振る舞いを避け続けた。

イメージビデオ「Body Works」(大陸書房)で、坂井さんは「幸せとは?」と問われて、こう答えている。

「自分の好きなことを、一生やり続けていけることだと思います」

亡くなった年の秋には、アルバムの発売とライブツアーを行う計画があった坂井さん。闘病中も病床で詩を書き続けていたというが、その一生は幸せだったのか。やはり無念だったのか。

[引用/参照/全文:http://news.livedoor.com/article/detail/10158175/]

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コメント

  1. 3
    名無しさん 2016/03/26 20:00

    俺はWANDSの方が好きやったけど。

  2. 2
    名無しさん 2016/03/26 16:45

    デビュー時から聴いてた
    気付くと自分の人生の節目には必ずZARDの曲があった
    記憶には必ずZARDの曲も浮かぶ
    メジャーな曲よりも「IN MY ARMS TONIGHT」のようなマイナーチューンの方が好きです

  3. 1
    名無し 2016/03/26 15:41

    『永遠』が好きです

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