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コパ・アメリカ正式辞退の内実

日本協会は回答期限となった17日に辞退する旨を主催する南米サッカー連盟(CONMEBOL)に文書で伝え、了承された。

小倉純二

二転三転した”代表チーム派遣問題”はようやくピリオドを打ち、小倉純二会長は「極めて悔しいし、残念。しかし現状となるとコパ・アメリカにふさわしいチームはつくれないと判断した」と述べた。

この決定を受けてアルベルト・ザッケローニも「震災によってこれまでにない例外的な年となってしまい、こうした苦渋の決断をしなければならなくなったのではないかと感じている」と協会を通じてコメントを出している。

再辞退に追い込まれたのは、欧州組中心のチーム編成が不可能になったことに尽きる。

具体的な数字として登録メンバー22人のうち、半数以上となる12人以上を欧州組で確保することを目指してきた経緯が協会側の説明で明らかになったが、ドイツを中心にほとんどのクラブから派遣を拒否された。招待出場の日本には招集の強制力が発しないために原博実技術委員長が欧州の各クラブを行脚して理解を求めたのだが、賛同を得られなかったという。

■震災復興協力として、FIFAからのバックアップを期待したが……。

協会としての誤算は大きく2つある。

1つはFIFAからのバックアップを受けられなかったことだ。

グロンドーナ

日本協会は一度、辞退の意向を南米連盟に伝えた際、「日本の復興の力となりたい。大会に参加できるように全力を尽くして協力するので、再考してほしい」とアルゼンチン協会のグロンドーナ会長から”全面協力”を約束されたことで再検討に入っている。

グロンドーナはFIFAの副会長を務めているため、この影響力が最大限に発揮されるだろうと協会は受け止めていたはずである。

しかし蓋を開けてみれば状況は違っていた。

日本が招集を願い出るクラブに対して要請を通達する南米連盟の協力はあっても、FIFAからの強い働きかけは皆無だった。

日本協会としてはなるべくFIFAに頼ることなく穏便にクラブを説得する方針にしていたものの、FIFAの”お墨つき”がなければ欧州のクラブを説得するのは難しかったというわけだ。

欧州は来年にEUROを控えており、各国リーグは来季、2週間近く早い開幕を迎える。チームづくりも早い段階からスタートするため、欧州のクラブが難色を示すのは当然だった。

■欧州組で出場可能だったのは4人だけ?

川島永嗣

実際、派遣にGOサインが出ていたのは本田圭佑(CSKAモスクワ)、川島永嗣(リールセ)、森本貴幸(カターニャ)、吉田麻也(VVV)の4人ぐらいだったと言われている。FIFAの協力がなければ、12人を集めるのは至難の業であった。

そしてもうひとつの誤算は、ザッケローニが欧州組のベストメンバーにこだわった点にある。

協会はまず再検討に入ったとき、欧州2部リーグ以上に所属する日本人プレーヤー28人のリストを南米連盟に提出したうえで4月19日にはリストのなかで20人ほどに絞ったことを連盟に伝えた。

協会のスタンスとしては震災発生以前、国内組を中心にしたメンバーで経験を積ませる大会としてコパ・アメリカを位置づけていたために、欧州組を主軸として再検討した場合でも同じ方針であったように思われる。

南アフリカW杯組の矢野貴章(フライブルク)やA代表経験者の安田理大(フィテッセ)など、ザッケローニ体制でチャンスを得られていない選手たちにも、招集の可能性を期待していたと推察される。

■ザッケローニの思惑が日本サッカー協会と大きくズレていた。

しかし、ザッケローニが招集で希望したのは、20人からなおも絞って15人。

ザッケローニ

この15人のなかにフェイエノールトで活躍する宮市亮も入っていたとされるが、基本的にはザッケローニがこれまで招集してきた選手ばかりが名を連ねていたとされている。

つまりザッケローニは9月にスタートするW杯アジア3次予選に向けた本格的な強化の大会と捉えていて、新たな選手を呼んで経験を積ませる”参加ありき”の大会にしようとはしていなかった。

12人を集めるのに、声をかけるのが20人と15人では違ってくる。指揮官は「欧州のベストメンバーを連れていけないのであれば、辞退やむなし」という姿勢だったようだ。

今シーズンから欧州に飛び出してJリーグと合わせれば1年半のシーズンを送った選手も多い。無理やりメンバーを編成するぐらいならば、オフを優先させたいという思いもあったのではないだろうか。

■参加するための知恵を絞り切ってもらいたかった。

協会も最終的にはザッケローニの意思を尊重していたように思う。

でなければ「一人のみ招集したい」と伝えていたJリーグの各クラブに対して新たな協力を求めていたはずだ。欧州組の招集が不発に終わりそうな予測に立てば、若手一人から主力一人に切り替えて交渉する働きかけがあってもおかしくはなかった。

だが、そのような動きはまったくもってなかった。

筆者個人としては、出来る限り参加に踏み切ってもらいたかったという思いが強い。

国内の選手のなかでも「可能であれば出たい」という声も少なくなかった。メンバーのレベルを下げてまでとは言わない。しかし、国内組の主力を各クラブから一人と、間口を広くした欧州組を中心に構成して1.5軍に近い編成には出来なかったものか。

テスト的な意味合いと強化を兼ねた大会として、協会と指揮官の間に妥協点を見い出せなかったものか。

あるいは、南米連盟に対してFIFAに協力を促すようもっと働きかける策はなかったか。

参加するための知恵を絞り切ってもらいたかった。

■歴代の日本代表チームもアウェーで世界の強豪と戦って強くなった。

歴代の日本代表もアウェーで世界の強豪と戦うことで成長を遂げてきた。

トゥルシエ時代には1999年のコパ・アメリカで惨敗を喫してメンバーを入れ替えるきっかけとなり、サンドニで0-5という大差で敗北したフランスとの一戦(2001年3月24日)は選手たちの奮起を促すことにつながった。先の岡田ジャパンの時も、アウェーでのオランダとの親善試合(2009年9月5日)がターニングポイントとなったことは記憶に新しい。

アウェーの地で南米の強豪と、それも公式戦で対戦できることはチームにとっても、選手個人にとっても得がたい経験になったはずである。

ブラジルW杯に向かう上で、大切なステップを踏み外してしまったのではないか、という気がしてならないのである。

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コメント

  1. 1
    名無しさん 2011/05/23 14:02

    ヨーロッパ組で参加可能な奴等は…クラブチームの構想から外れた奴等ばかり。
    日本から集めてみたところで…。

  2. 2
    名無しさん 2011/05/23 14:04

    安田、李、吉田、槙野このへんは要らない。口だけで糞

  3. 3
    名無しさん 2011/05/23 17:09

    長友香川岡崎がいなけりゃだめだ

  4. 4
    名無しさん 2011/05/23 18:49

    結局、協力するといいながら何もしてくれなかったな南米連盟……

  5. 5
    名無しさん 2011/05/23 18:58

    オレが高校時代もっと真剣にサッカーに取り組んでいたら、すまん

  6. 6
    名無しさん 2011/05/24 14:16

    今でも
    代表発表の時は
    電話の前で待ってます

  7. 7
    名無しさん 2011/05/25 3:33

    >>2

    口だけね…。
    コメントする前にもう少し考えた方が良いかも。

  8. 8
    名無しさん 2011/05/26 6:27

    トゥルシエって誰だよ

  9. 9
    名無しさん 2011/05/28 18:00

    からあげやきぅ豚→歓喜

    ヘディング脳ピザ豚→狂乱

  10. 10
    名無しさん 2011/12/05 7:44

    おぐおぐ

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