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宮沢りえ 華麗なるオトコ遍歴 恋多き女、幾多の男を経て…なぜ森田剛なのか?

「すったもんだがありました」――。

宮沢りえ(44)が缶チューハイのCMでこんな自虐的なセリフを口にしたのは貴花田(当時)との婚約、破局騒動の翌年の94年のことだった。

それから約四半世紀。この間も“すったもんだ”だらけだった宮沢が先週16日にV6の森田剛(39)との再婚を発表した。

18日、都内で行われたサントリー緑茶「伊右衛門」新CM発表会。本木雅弘(52)、元SMAPの草彅剛(43)らと登場した宮沢はCM内では夫役の本木から「このたび、私の『妻』が世間を相当ざわつかせておりまして。おかげさまで多くのご祝福をいただきまして、妻にかわってお礼を申し上げます」と祝福されると、「ありがとうございます」とはにかんだ笑顔を見せた。

しかしながら、宮沢といえば数々の男たちと浮名を流してきた恋多き女。「なんで森田だったんだ?」という声が、長く宮沢を取材しているマスコミや関係者から聞こえてくるのである。

振り返れば、かつて「世紀の結婚」と騒がれた貴花田にはじまり、ビートたけし、中村勘三郎、市川右近、市川海老蔵、中田英寿、ISSA……と噂になった男はとうてい片手では足りず。

さらに宝石デザイナー、劇作家ときて、離婚した元夫は元プロサーファーで実業家。そしてたどり着いたのが森田というわけだが、納得よりも驚きの方が強いのも当然だろう。

森田は5歳年下。ジャニーズのアイドルグループ「V6」のメンバーで、かつては素行不良が取り沙汰されたことも。

それ自体に問題があるわけじゃないものの、りえの相手としてみるとやはり違和感は拭えない。ビートたけしは2016年、森田との交際について、一部連載でこう書いている。

「かわいそうだから、あんまり悪口は言いたくないけどな。おっかさんの影響が強くて、そこから抜け出すのが大変だったからか、りえちゃんは男を見る目も少し違うのかな」

■解けた「りえママ」の呪縛

母光子さんは宮沢が18歳のときのヘアヌード写真集など世間をあっと言わせるプロデュース、マネジメントで知られ、「一卵性母娘」とも呼ばれた。

そんな「りえママ」は14年に65歳で他界したものの、宮沢の恋愛観や結婚観にまで大きな影響を及ぼしていたといわれている。

森田とは、前夫との正式離婚から5カ月後、16年8月の舞台「ビニールの城」で初共演。交際が報じられたのが同10月であった。

それから1年半でのゴールインについて、一部スポーツ紙は、8歳の長女の存在が決め手になったと報じているが、どうなのか。

ベテラン芸能記者の青山佳裕氏はこう言う。

「たけしさんらとの交際が取り沙汰された当時、りえさんは飯倉のイタリアン『キャンティ』でデートしたりしていました。深夜の六本木のバーから出て来た時のうつろな表情を今も覚えています。

どうして、はるか年上の男ばかりを交際相手に選ぶのか不思議でしたけど、あのときは誰かに支えてほしかったのではないでしょうか。恋という前に、どうしていいか分からなかったのかもしれません。

そんなりえさんにとって、娘さんの存在はたしかに転機だったようです。一緒にいる時間を大切にしているのか、ときに仕事先へも連れていく姿は、1988年のアグネス論争を彷彿とさせました。

ステージママだった光子さんと違い、りえさんが娘さんのことをオープンにしない姿勢を見せているのが印象的。成城の名門幼稚園の入園式に、娘さんの手を引いていたりえさんが今回の再婚についても、娘さんの存在抜きに決断されたとはたしかに思えませんね」

ではなぜ森田だったのか。

「森田さんは舞台俳優として、評価が高いんです。ジャニーズのアイドルは続けながらも、舞台で生きていこうとしている。どの世界であれ、りえさんが男性を選ぶときの基準は、その世界で一流であること。

同じ舞台に立つなどして、りえさんが森田さんの才能を認め、一流だと思ったのは間違いないでしょう。森田さんのりえさんへの気づかい、心配りも有名。そういったところから彼を選んだのかも知れません」(青山氏)

40代になったりえと映画賞の壇上で再会したたけしは、こんなことを言っていた。

「普通はアイドルの服を着たまま大人になっていくんだけど、宮沢さんはどんどん脱いで脱皮していく」

宮沢の“終着駅”はまだまだ先なのかもしれない。

[via:日刊ゲンダイ]
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/225469

瑛太や小出恵介にもちょっかい

熱愛には至っていないが、相当お気に入りだったのは13年の秋に舞台『MIWA』で共演した俳優の瑛太だ。瑛太は共演当時の同10月、第2子である女児を授かったばかりで公私共に忙しい時期だった。

そんな瑛太と共演し、彼を気に入った宮沢は、食事や飲みの誘いの電話を頻繁にかけ、断ってもしつこく誘い続けていたという。

「14年秋ごろの報道では電話口で瑛太さんが酔っ払ってしつこい宮沢さんに『俺、結婚してるのわかってる?』とあきれていたとありました。

宮沢さんは酔っ払ったら人恋しくなるタイプで、過去にはバーで元サッカー選手の中田英寿さんと濃厚なキスをしている写真が出回ったりもしています」(週刊誌記者)

その頃の宮沢は、まだ離婚協議中。シングルマザーとして子育てに仕事に奮闘していたため疲れていたのか、荒れた報道が多い。

瑛太と共演する数カ月前の13年7月には古田新太との手つなぎデート、同年10月には舞台『盲導犬』で共演した俳優・小久保寿人を自宅に泊めたことがスクープされている。

そして12月には『MIWA』の大阪公演を終えた後、当時4歳の娘や同じく舞台『盲導犬』で共演した俳優・小出恵介を引き連れて京都の行きつけの寿司屋に行った後、バーの個室でカラオケをするなど大はしゃぎ。テキーラや焼酎をぐいぐい飲み、店を出る頃には泥酔し小出に介抱されていたことが報じられている。 

「小出さんとはその後、熱愛に発展して、しばらく交際していたという話がありますよね。週のうち何度か、小出の家に泊まっていたという時期もあったようで。

宮沢さんが森田さんと交際中に小出さんが淫行事件を起こした際は、元彼の異常性に驚いて宮沢さんとケンカになったというウワサを聞きました」(芸能事務所関係者・Aさん)

[via:http://www.cyzo.com/2018/03/post_155264_entry.html]

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